[公演番号2003]

京都・バッハ・ゾリステン特別演奏会2020

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ 作曲

マタイ受難曲 BWV244
〜イエスは今何処に〜

2020.3.14(土)開演14:00

開場13:00

京都コンサートホール 大ホール

[京都市営地下鉄烏丸線「北山」駅下車1番または3番出口 南へ徒歩5分]

■入場料:一般 5,000円 学生 2,500円[全席自由]

■出演者
指  揮:福永吉宏
管弦楽 :京都・バッハ・ゾリステン
福音史家/テノール:畑 儀文
イエス :篠部 信宏
ソプラノ:松田 昌恵
冨山 みずえ
アルト :安永 紀子
バ  ス:成瀬 当正
合  唱:京都・バッハ・ゾリステン
京都フィグラールコール
江戸川女子高等学校合唱部
かたばみアンサンブル(江戸川女子高等学校合唱部OG)
平安女学院中学・高等学校コーラス部

■お問い合わせ
京都・バッハ・ゾリステン
090-8937-1207 kbs@inter-art.gr.jp

※未就学児のご入場はお断り致しております
出演者は予告なく変更される場合がございます。ご了承ください。


マタイ受難曲の終曲合唱「我らは涙を流してひざまずいた」の最終小節では、短調の曲が長調に転じて曲が終わるという当時の習慣“ピカルディー終止”によらず、元々の短調のままで曲を閉じます。そして、最後の和音で解決する前に、強烈な不協和音が挿入されています。このことは何を意味するのでしょうか。これによってバッハが伝えたいことは何だったのでしょうか。
バッハにとってイエスは“救世主”として完結していたのかもしれません。しかし今、この時代の地球上の様々な状況を見るにつけ、当時バッハ自身が、漠然と感じていた、後々の世に対するある種の不安感をあらわそうとして、曲の終わり方をこのようにしたのではないかと私には思えます。
私たちが生きている今、あるいはこれから先の時代がどんな時代であれ、救世主は訪れ来る、あるいは逆に、救世主が現れる必要がないような穏やかな世界であってほしい、という二重の意味を込めて、『イエスは今何処に?』という問いかけを今回の公演の副題としました。

福永吉宏(京都・バッハ・ゾリステン主宰/指揮)

特別演奏会2020『マタイ受難曲』裏面